「第18回国際薬理学・臨床薬理学会議」(WCP2018)サテライトシンポジウム 開催報告

サテライトシンポジウム
リアルワールド’ビッグ’データに基づいたシステム薬理学とAI

2018年7月、37年ぶりに国際薬理学・臨床薬理学会議(WCP)が日本(京都)で開催されました。
本会では、“Pharmacology for the Future -Science, Drug Development and Therapeutics-.”をメインテーマに、基礎から臨床までの薬理学を網羅した最先端のサイエンス・ベースの発表がなされました。


このように、AI や医療ビッグデータなどの、最先端技術の活用は製薬業界の今後を担う重要なテーマとなっています。
しかし、実際にこれらの技術をどうビジネスに取り入れるのか具体策がわからないという声が多く聞かれたことから、WCP2018において、サテライトシンポジウム “Systems Pharmacology & AI Based on RealWorld ‘Big’ Data” をCACクロアと京都大学が開催致しました。

今回のシンポジウムは、グローバルの最先端で活躍する、米国・欧州・アジア(日本&中国)の研究者が一堂に会し、産官学が最も注目しているトピックについて議論し合える貴重な場となりました。

 

開催概要

CP2018 サテライトシンポジウムの様子
開催日 2018年7月6日(金)
会場 京都大学百周年時計台記念館
大ホール・国際交流ホール
主催 京都大学大学院薬学研究科・薬学部
株式会社CACクロア

プログラム

14:00-14:05 オープニング
14:05-14:40 Session1
薬物有害事象の予防的治療を確立するために、ビッグデータからのデータマイニングと仮説構築&実験的検証の組み合わせ
金子 周司 教授
京都大学大学院薬学研究科生体機能解析学分野
14:40-15:15 Session2
副作用データの解析に化合物・蛋白質相互作用の解析を加味したシステム薬理学的な創薬手法を確立する
Mao Shu 教授
重慶理工大学薬学部生物工学科
15:15-15:50 Session3
データサイエンスの手法で疾患と薬の効果/副作用を解明
Nicholas P. Tatonetti 准教授
コロンビア大学医学部生物医学情報学科、ゲノム医学研究所・臨床情報学
15:50-16:10 休憩
16:10-16:45 Session4
機械学習から「医薬品&副作用プロファイル」に有用なルールを見いだす
Malika Smaïl-Tabbone 准教授
ロレーヌ大学ロレーヌ・コンピュータサイエンス&アプリケーション研究所
16:45-17:25 Session5
癌の診断や治療の最適迅速化に「臨床シークエンス」と「人工知能(AI)」を活用
山口 類 准教授
東京大学医科学研究所
17:25-17:30 クロージング
17:45-20:00 レセプション

Session1

薬物有害事象の予防的治療を確立するために、ビッグデータからのデータマイニングと仮説構築&実験的検証の組み合わせ

京都大学大学院
金子 周司 教授

基調講演は、まず医薬品を取り巻く各種ビッグデータ(生物学、化学、臨床およびリアルワールドデータ:RWD)や、シ ステム薬理学の位置づけと、本シンポジウムの目的を概説した。
次いで、臨床で生じる医薬品の有害事象を集めたFAERSのビッグデータの解析結果を基に、ドラッグ・リポジショニングや新規創薬標的の導出につながる、新たな創薬手法を提案した。
アスピリン潰瘍やシスプラチン腎症など、医薬品の副作用は古くから病態モデルとして創薬研究に使用されている。そこで、多剤服用されたFAERSにおける有害事象を1つの疾患モデルとして捉え、その発生に影響する交絡因子としての併用薬や、両者が相互作用する生体分子を見いだすことは、ドラッグ・リポジショニングや新規創薬標的になることが期待されている。
非定型抗精神病薬の代表的な副作用である高血糖(糖尿病、DM)に着目したFAERSの解析から、クエチアピン服用で発生オッズ比が高くなるが、ビタミンDの併用によりDMの発現が軽減されることを見いだした。次に、マウスを用いてクエチアピン投与によるインスリン抵抗性の高血糖をひきおこした際、ビタミンDアナログである、コレカルシフェロールの投与によって改善されることを明らかにした。一方、遺伝子発現変動データベース(GEO)、ならびに生体シグナル伝達データベース(KEGG)から、クエチアピンがインスリン受容体関連遺伝子のうちPI3Kを抑制(PI3KR1遺伝子であるpik3r1の抑制)するという仮説を見いだし、マウスのクエチアピンDMモデルによるインスリン抵抗性(PI3Kの抑制)は、ビタミンD投与によるPI3KRの活性化により阻止されることを実証した。
FAERS有害事象解析やデータベースからの仮説構築といったdry実験に、動物やin vitroによるwet実験を組み合わせた今回の手法は、臨床予測性の高い新たな“データ駆動型”研究として、ドラッグ・リポジショニングや新規創薬標的の導出に結び付くものと考えられる。

Session2

副作用データの解析に化合物・蛋白質相互作用の解析を加味したシステム薬理学的な創薬手法を確立する

重慶理工大学
Mao Shu 教授

本講演では、副作用メカニズムの解明の一環として、臨床における有害事象データベース(FAERS)と薬物・オフターゲット蛋白質間の相互作用の構造学的アプローチ(DRAR-CPI)を組み合わせた、“データ駆動型”創薬手法の方向性を発表した。
癌の分子標的薬として広く臨床使用されているチロシンキナーゼ阻害剤(TKIs)の副作用の1つ「甲状腺機能低下症(HT)」を例に、3つのデータ(Clinical:臨床、Structural:構造、Genomic:ゲノム)を統合する、副作用データマイニングの新たな戦略を説明した。
まずは、FARESデータの分析から、同じTKIsでもSunitinibとSorafenibでは、HTの発現傾向に差があることを見いだした。次に、DRAR-CPIの使用から、Sunitinibに特異的に結合するが、Sorafenibには結合しない複数の甲状腺ホルモン受容体およびその関連蛋白質を同定した。さらに今後も、Sunitinibのオフターゲット蛋白質への結合が、下流シグナル伝達経路をどのように変化させるかを解明するために、引き続きRNA-Seq解析の実施を予定している。
今回のような“データ駆動型”の創薬手法は、今後のAI創薬やドラッグ・リポジショニング等へ展開する可能性があると 期待されている。

Session3

データサイエンスの手法で疾患と薬の効果/副作用を解明

コロンビア大学
Nicholas P. Tatonetti 准教授

本講演では、コロンビア大学における独自データマイニング技術を用いた研究より2つの画期的な成果を紹介し、ビッグデータから新たな知見を探索する手法を提案した。
まず第1は、QT延長を伴う致死的な薬物相互作用(QT-DDI)検出の革新的アプローチ法である。個別の有害事象報告の地道な点検に頼っていたQT-DDI検出を、180万件を超えるFDAの有害事象報告システム(FAERS)からデータマイニングし、そのシグナルを38万人の電子カルテ内のECG記録160万件を用いて確認した結果から、セファロスポリン系抗生物質セフトリアキソンとプロトンポンプ阻害剤ランソプラゾールの組み合わせによるQT-DDIを見いだした。さらに、実験室において自動パッチクランプ法によるhERGチャネル阻害活性の検討を行い、両剤によるQT-DDIを明らかにした。
従来よりアルゴリズムの課題であった2つの問題、サンプリングの分散、選択バイアスを独自の方法で解決し、高齢化による多剤併用療法が増加する現代に、重要かつ新たなDDI検出方法として期待が寄せられている。
第2に、DNA情報を用いない疾患遺伝リスクの新たな解析アプローチ法である。 電子カルテ内の緊急連絡先には通常、配偶者・血縁者が登録されることに着目し、この続柄をメタデータとしてデータ化し、350万人のニューヨーカーの電子カルテデータから740万件以上の家系情報を同定し、60万件の家系図を構築した。次いで、病歴の家系図解析により、約500項目の疾患や検査値の遺伝率も算出した。このデータは、双子の研究で得られた疾患遺伝率(文献)や、同意が得られた患者からのゲノム解析結果とのバリデーション研究と、高い相関が得られることを示す。なお、この成果は本講演直前に学術雑誌Cellに掲載され、高く評価されるとともに、電子カルテデータの遺伝学や疾患研究への利活用の可能性を提示した。

Session4

機械学習から「医薬品&副作用プロファイル」に有用なルールを見いだす

ロレーヌ大学
Malika Smaïl-Tabbone 准教授

本講演では、相互作用やパスウエイなど、薬物に関する特性情報や背景知識をリレーショナルデータベースに統合させ、副作用プロファイル(SEP)を予測し、メカニズムが理解できる統合的な機械学習法を提案した。まず、市販薬剤のadverse effectデータベースであるSIDERをクラスタリングし、副作用のクラスター(TC)を作製した。次に、これを薬物データベースであるDrugBankとマッピングして関連付け、広範な学習セットを構築した。なお、SIDERの副作用用語は、症状、徴候、疾患などに対応する医学用語集であるMedDRAに準拠しているので用語間の意味類似性(semantic similarity)は、MedDRAの構造に基づいて計算できる。
また本アプローチ法の特徴は、しかるべき数の薬物が共通して惹起する副作用プロファイルを、薬物×副作用の関連表から抽出している点にある。これらにより機械学習法を検討した結果、inductive logic programming(ILP)モデルはより偽陰性予測リスクが低い手法であると結論した。なお、方法論の検証にあたっては、FAERSを外部の補完的情報源として使用した。
ILPで得られた結果は、背景知識がルール作成過程に十分に生かされていることを示した。これまで他のグループによって報告された標的、化学構造および生物学的プロセスに加え、パスウエイ、タンパク質×タンパク質の相互作用およびタンパク質ドメインに関する情報からも、副作用の特徴付けにおいて重要な役割を果たすことを見いだした。さらに、臨床データおよび多型に関する情報のような背景知識を含むこともできる。
副作用プロファイルを理解し、予測するための貴重な方法論を示した本講演において、この手法が医薬品の副作用の出現を早期に予期し、医薬品開発が中止になるリスクを創薬段階で低減できる可能性を示唆した。

Session5

癌の診断や治療の最適迅速化に「臨床シークエンス」と「人工知能(AI)」を活用

東京大学
山口 類 准教授

本講演では、癌精密医療の中核として期待されている臨床シークエンス研究(患者個人の遺伝子情報を用いて治療法の最適化を図る技術)の現状と展望について発表した。
次世代DNAシークエンサーとスーパーコンピューター(SC)の進歩から、ゲノム解析にかかるコストが2001年の10万分の1になり、2日で全ゲノム解析が可能となった。さらに東京大学医科学研究所(IMSUT)でも、自動で、正常組織と癌組織のゲノム配列を分析し、SCで変異を解析するシステムを構築した。
癌細胞の突然変異の数は1,000を超え、それを診断や治療法に結びつけるには、膨大な数の科学文献から有用な情報を抽出する『臨床翻訳』がボトルネックである。データベースに登録されている文献は既に2,600万報を超え、今後も指数関数的な増加が予想され、人の手による解析は限界である。IMSUTではIBM社の人工知能(AI:Watson Genomic Analysis)を導入し、大腸癌細胞を用いてテスト分析を行った。Watsonは4,000を超える変異の中から12個の候補遺伝子を見いだし、それに対する薬剤候補を提示した。また、変異がある遺伝子のシグナルパスの下流に位置するターゲット分子の候補治療薬選定や、その理由も提示した。
従来マニュアルで2週間を要した臨床翻訳の作業が10分に短縮され、現在、IMSUTではサンプル採取から最短3日と7.5時間で最適な治療法の提案が可能となった。また、血液癌の分野の情報は蓄積され、AIの精度も向上し、治験情報まで提供可能である。
現状、世界では特定のターゲット分子に注目したパネルシークエンスが主流であるが、将来的にはSCとAIの加速によ り、全ゲノム解析、さらにはRNA情報等も含む多重オミックスデータを用いた臨床シークエンス研究が期待される。

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